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<title>バックドロップキックス</title>
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<description>マイノリティのための読書ブログ</description>
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<title>「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」</title>
<description> やっぱりこうなったぜ簡易更新。【小説】『ダンス・ダンス・ダンス』のような、『二〇〇二年のスロウ・ボート』のような、大人になりきれなかった子どもの青春小説という印象。しかしそれだけで終わらないのがオースターだろう。フォッグという名前から連想される幾多の名称は『シティ・オヴ・グラス』を髣髴とさせるし、盲目の老人エフィングに命じられて物を描写するときに感じる思い「これまで自分が、物をじっくり見ることをい
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<![CDATA[ やっぱりこうなったぜ簡易更新。<br /><br />【小説】<br /><ポール・オースター/ムーン・パレス><br />『ダンス・ダンス・ダンス』のような、『二〇〇二年のスロウ・ボート』のような、大人になりきれなかった子どもの青春小説という印象。しかしそれだけで終わらないのがオースターだろう。フォッグという名前から連想される幾多の名称は『シティ・オヴ・グラス』を髣髴とさせるし、盲目の老人エフィングに命じられて物を描写するときに感じる思い「これまで自分が、物をじっくり見ることをいかに怠ってきたかを僕は痛感した」、またエフィングが死ぬ間際に部屋をひたする描写する場面「限られた空間をとことん掘り下げるなかで、空間はいつしか無尽蔵となっていった。果てることのない世界内世界がそこに広がっていた」も意味深というか、興味深い。とりあえず言葉を重ねず、仲のいい友人に黙って差し出す（できれば自分の小さな悩みに苦しんでいるほうがいい）のが正しい使用法だと思った。<br />「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」<br /><br /><ポール・オースター/偶然の音楽><br />あまり好きじゃない。でも面白いのは否定できない。<br />『ムーン・パレス』からの引用を作品紹介のかわりにしようと思う。ふさわしい引用ではないけれど。<br />「いわばそれは世界の不可解さの結節点だった。」<br />「すべては結びつきの欠如と、タイミングの悪さと、無知ゆえの盲動の結果だったのだ。」<br /><br /><ポール・オースター/リヴァイアサン><br />オースターらしくないというか、要素とか展開だとかはいつもどおりなのに作品の構造というか物語それ自体がいつもと違う感じ。わかるかな？作品に出てくる男女のほとんどが肉体関係をもって、それぞれがそれぞれに嘘をついたり本当のことを言ったりして、それこそ芥川の『藪の中』、最近だと湊かなえの『告白』だよなーと思ったけど、たぶん本質はそこにはない。『リヴァイアサン』と『藪の中』を分ける決定的な要因の一つがp149ではないだろうか。「そんな話がありうるだろうか？　誰か他人のために、人はそこまで尽くせるだろうか？　もしそうだとしたら、ファニーのしてくれたことは素晴らしいというほかない。純粋な、神々しい自己犠牲の行為にほかならない。」一見ドロドロ、混沌を極めているこの作品を支えるのはやさしさや友情、性愛まで含めたなにかおっきい愛じゃないだろうか。しかしまぁこの読みも「真実でありうる限り、これが真実だと考えることで私の気持ちは和む」といった程度のものであるに違いない。このたまに出てくる素朴な確信がオースターの好きなところなんだけどね。<br /><br /><ジャック・ジョゼ/ラテンアメリカ文学史><br />むずかしかったです。モデルニスモって結局なんだったのか分からない。ラテンアメリカ諸国がそれぞれの経済成長や政治との関わりながら文学を発展させてきたことは分かった――けど、いかんせん知らない作家が多すぎる。ボルヘスはともかく新進気鋭の作家たち、例えばマルケスなんかは「新しいムーブメントの作家だから」と前置きされて簡単な紹介がされていた。まずは読めってことですね。<br /><br /><ジャン＝フィリップ・トゥーサン/浴室><br />今のところまだ読み終わっていない『テレビジョン』のほうがおもしろい。<br />構造が独特、だけど『ハザール事典』とか見たら普通。描写はところどころ笑えたけど話に面白みは感じなかった。あんまりね。節ごとにぶつ切りにされた文章がラディゲとかサガンを思い出した。<br /><br />【漫画】<br /><弓きいろ/図書館戦争１～３><br />友達にすすめられて買ってしまった。原作は読んだことないけどフツーに読める面白さ。というかチラっと見たアニメよりちゃんとラブコメしてるような気がする。メディア良化vs図書館という構図が中央vs地方という構図と重なるあたり面白い。ただのラブコメじゃないぜ（たぶん<br /><br />< PEACH-PIT/しゅごキャラ！8～9><br />しゅっごい！これしゅっごいよぉぉ！<br />と言いながら読んだ。女の子の戦い方、というものにジェンダー的な観点から突っこみをいれたりもしたけど面白いからまぁいいか。シンプルだけど決してくじけない強さがあるね。個人的にイクトとヨルの出会いの場面、「自由だにゃっ」あたりが最高でした。<br /><br /><あずまきよひこ/あずまんが大王３年生><br />相変わらずのあずまんがの相変わらずのリミックス。<br />書き加えられたところが例によって面白い。あとは読めば読むほど大阪とトモが仲いいな～と思う。ラブラブだね。いいよおにいさんそういうの好きだよ。<br /><br />『フィネガンズ・ウェイク』を入手したのでそれを読もうかなとか、たまっている雑誌を読むかなとか、そもそも図書館から借りてきた『ラテンアメリカ文学研究』を読まないとなーとか、『ハザール事典』の研究をどうにかやらないと、いやまてそのまえに就活の勉強はしてんのか俺？とかそういう感じに混乱しているのでまた更新が滞りそうです。やれやれ。 ]]>
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<dc:subject>ブックス</dc:subject>
<dc:date>2009-08-19T20:50:14+09:00</dc:date>
<dc:creator>木行ハジメ</dc:creator>
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<title>シティ・オヴ・グラス/ポール・オースター</title>
<description> シティ・オヴ・グラス (角川文庫)(1993/11)ポール・オースター商品詳細を見る恐らく三冊目のオースター。あらすじはこうだ。&gt;ニューヨーク、深夜。孤独な作家のもとにかかってきた一本の間違い電話がすべての発端だった。作家クィンは探偵と誤解され、仕事を依頼された。クィンは、ほんの好奇心から、探偵になりすますことにした。依頼人に尾行するようにいわれた男を、密かにつける。しかし、事件はなにも起こらないのだが…。アメ
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<![CDATA[ <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4042664016/yuta1988-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41C82NYVHRL._SL160_.jpg" alt="シティ・オヴ・グラス (角川文庫)" style="border:none;" /></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4042664016/yuta1988-22" target="_blank">シティ・オヴ・グラス (角川文庫)</a><br />(1993/11)<br />ポール・オースター<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4042664016/yuta1988-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br />恐らく三冊目のオースター。<br />あらすじはこうだ。<br />>ニューヨーク、深夜。孤独な作家のもとにかかってきた一本の間違い電話がすべての発端だった。作家クィンは探偵と誤解され、仕事を依頼された。クィンは、ほんの好奇心から、探偵になりすますことにした。依頼人に尾行するようにいわれた男を、密かにつける。しかし、事件はなにも起こらないのだが…。アメリカ新世代作家として最も注目される著者の衝撃的デビュー作。<br /><br />一読して思ったのは名前に関する著者の関心。<br />作家ダニエル・クィンはウィリアム・ウィルソンの名義で探偵小説を書き、その主人公はマックス・ワークという。冒頭で作者は「ウィルソンは腹話術師の、クィン自身は人形(ダミー)の、ワークは人形の演技に生気を与える声の役割を果たした」と書いている。また、クィンがなりすますことにした探偵の名前はポール・オースター。名前に関して言えば、依頼人の名前はピーター・スティルマンだが、その父でありクィンが尾行する相手の名前もピーター・スティルマン。更に後半、もう一人のポール・オースターが登場する。彼の職業は作家。まさかの職業チョイス。この「本物」のオースターは『ドン・キホーテ』の評論にとりかかっている。ドン・キホーテ。イニシャルであるＤ・Ｑは奇しくも主人公であるダニエル・クィンと同じだ。後々重要になってくるノートの表紙に書かれたＤ・Ｑとも重なる……。<br /><br />興味深い部分を引用してみよう。<br />>オースターがクィンの手にしているヨーヨーを見て少年に言った。「もう仲よしになったようだな、ダニエル、こちらはダニエルだ」それからクィンに向かって、同じく皮肉な笑みを浮かべて言った。「ダニエル、これはダニエルだ」<br />>少年は吹き出すように笑った。「どっちもダニエルだって！」<br />>「そうだね。わたしはきみであり、きみはわたしだ」<br /><br />自己増殖の果てに自分自身と対面したクィンの驚きはいかほどだろう。<br />正直、事件の推移なんかよりこれら名前の変化や主人公の混乱っぷりがひたすら楽しい。『幽霊たち』を読めばより深く読み込めそう。いちおう三部作らしいので。<br /><br />この話のオチとも関わるが、キーは『ドン・キホーテ』だろう。<br />wikipediaの「ドン・キホーテ」の欄によると、（信用ならないとか言われるけどやっぱり便利だ）<br />>『ドン・キホーテ』にはきわめて多重のメタフィクションが導入されている。<br />>まず全編を通じて「ドン・キホーテの冒険がモーロ人の歴史家シデ・ハメーテ・ベネンヘーリによってアラビア語で記録され、セルバンテスはその記録を編纂して発表した」という「又聞き」の描写スタイルになっている。さらに他人の物語が挿入される場合は「捕虜の話をドン・キホーテが聞き、それをシデ・ハメーテが記録し…」というような、三重の描写スタイルとなる。<br />>後編ではさらに別の視点が登場する。すなわち、「前編が出版されて世に出回っている」という前提で話が進み、小説を読んでドン・キホーテやサンチョのファンになった公爵夫妻などが登場し、前篇の記述をもとにドン・キホーテに悪戯をしかけるのである。このように、『ドン・キホーテ』の登場人物はみなきわめて多種多様なそれぞれの視点に応じてそれぞれの目的意識から行動している。認識の相対性を作中に導入していることが、「最初の近代小説」と呼ばれる理由の一つである。<br /><br />とある。<br />ううむ、やっぱ読みたいな『ドン・キホーテ』。ボルヘス『『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール』とか、読んではいないけど清水義範『ドン・キホーテの末裔』の評判を聞いたりなんだりで、もういてもたってもいられない。話ずれましたね。<br /><br />面白いと思った部分はたくさんあるんだけど、特に聾唖者協会認定品のペンでノートを書き続けるというところに面白みを感じました。あとは克明な路上生活の描写。オースターはかなり貧乏だったらしいけど、そのせいかどの作品を読んでもそういう体験が描かれているような気がする。あとは小説のスタイル。主人公の独白の合間に挟まれるひとまとまりの会話（彼のどの作品を見てもそうだけど、会話文と会話文の間に地の文を本当に入れてない）、ノートに記入した内容、長ったらしい語り、スティルマンの著書からの引用などなどスティルマンで思い出したけど、著書にあるエピソードの捏造も意味深。どっかでバリンプセストって言葉が出てきたかな？　羊皮紙って訳されちゃってるけど。どうでもいいけど安部公房『箱男』に似ているかも。路上生活と、「誰が書いているか」の問題ね。箱といえば数日前に「モンキービジネス 2009 Summer vol.6 箱号」の記事を書いたので読んでね。<br /><br />雑談になってしまった。最後は引用で締めたいと思う。<br />>「そうか。よしよし。クィンか。フーム。そうか。すこぶる愉快だ。クィンか。実にいい響きだ。双子（：トゥイン）と同じ韻だね？」<br />>「そうですね。双子と同じです」<br />>「それから罪（シン）もそうだ。間違っていなければ」<br />>「間違っていませんよ」<br />>「それから中（イン）――Ｎが一つの――と宿場（イン）――Ｎが二つのと。そうだね？」<br />>「そのとおりです」<br />>「フーム。実におもしろい。このクィンという語にはいろんな可能性がある。たとえば……精髄（クインテサンス）……本質（クイデイテイ）という意味。それに、急な（クイック）。それから羽茎（クイル）。ガーガー（クワオツク）。言い逃れ（クワーク）。フーム。笑い（グリン）も同じ韻だ。血縁（キン）は言うまでもない。フーム。実におもしろい。それに勝利（ウイン）。それから終わり（フイン）。それから騒音（デイン）。わな（ジン）。ピン。錫（ティン）。それにゴミ入れ（ビン）。フーム。妖精（ジン）もある。フーム。あんたが認めてくれればだけど。フーム。いやあ、実におもしろい。あんたの名前はすこぶる気に入ったよ、クィン君。いろんな方面に散らばっているな」<br /><br />スティルマンが何度出会ってもクィンを覚えられないというのも象徴的ですね。<br /><br />次も、その次も、そのまた次も更新はオースターの予定。<br /><br />【参考リンク】<br />・<a href="http://blog.livedoor.jp/la_reprise/archives/50111584.html" target="_blank" title="livre/football">livre/football</a><br />・<a href="http://www.sancya.com/book/book/syohyo_51_1.htm" target="_blank" title="書評　シティ・オヴ・グラス">書評　シティ・オヴ・グラス</a><br />・<a href="http://d.hatena.ne.jp/numberock/20090610/1244641350" target="_blank" title="あれも、これも">あれも、これも</a><br />・<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/crosowski/diary/200812300001/" target="_blank" title="あ＿でい＿いん＿ざ＿らいふ ">あ＿でい＿いん＿ざ＿らいふ </a><br />・<a href="http://kuri1979.dtiblog.com/blog-entry-31.html" target="_blank" title="―永劫無為―">―永劫無為―</a> ]]>
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<dc:subject>ポール・オースター</dc:subject>
<dc:date>2009-08-09T12:02:27+09:00</dc:date>
<dc:creator>木行ハジメ</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>八つの九つの物語</title>
<description> 以前、「『ナイン・ストーリーズ』と翻訳」というテーマで読書会をしたことがある。読書会と銘打ってはいるがただ単に私がサリンジャー、特に『ナイン・ストーリーズ』への愛を語りたおし、文学と翻訳の関係性の合間に私の読みを披露するというかなり奇抜な、というより参加者ゴメンナサイという感じのものだった。が、成否はともかく着想自体は面白いと思ったので、ここでNINE STORIESの翻訳を見ていこうと思った。つきあってくれ
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<![CDATA[ 以前、「『ナイン・ストーリーズ』と翻訳」というテーマで読書会をしたことがある。<br />読書会と銘打ってはいるがただ単に私がサリンジャー、特に『ナイン・ストーリーズ』への愛を語りたおし、文学と翻訳の関係性の合間に私の読みを披露するというかなり奇抜な、というより<span style="color:#0000FF"><a href="http://lit08.web.fc2.com/" target="_blank" title="参加者">参加者</a></span>ゴメンナサイという感じのものだった。が、成否はともかく着想自体は面白いと思ったので、ここでNINE STORIESの翻訳を見ていこうと思った。つきあってくれるとうれしい。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-31.fc2.com/y/u/t/yuta1988/SN3K0021.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-31.fc2.com/y/u/t/yuta1988/SN3K0021s.jpg" alt="SN3K0021.jpg" border="0" width="120" height="90" /></a><br />これが私のサイン本墓場ならびにサリンジャーとパヴィチのための愛の部屋。<br />「キャッチャー・イン・ザ・ライ」「帝都最後の恋」は貸出中、「ハザール事典　女性版」は明日届く。<br />サムネイル表示になっているがサイズ大きいので要注意。<br /><br />ここから集めたNINE STORIESを年代順に並べ、各訳者と年代についてみてみる。<br /><br />(1)「現代の芸術叢書Ⅲ　九つの物語」<br />　山田良成・訳　1963/11/15（思潮社）<br /><br />ばななうおにはあつらえむきの日<br />コネチカットのウィギリーおじさん<br />エスキモーとの戦争の直前に<br />笑い男<br />ディンギーのほとりで<br />エズメのために――愛と悲惨をこめて<br />わがくちはうつくしくわが瞳はみどり<br />ド・ドオミエ・スミスの青の時代<br />テディ<br /><br />(2)「Ｊ．Ｄ．サリンジャー作品集」<br />　繁尾久、武田勝彦・訳　1964/1/25（文建書房）<br />　※○が繁尾久、●が武田勝彦の翻訳である。<br /><br />○バナナフィッシュ<br />●<strong>女ごころ</strong><br />○エスキモーとの戦い<br />●<strong>奇面の男</strong><br />○小船にて<br />●エズメのために<br />●<strong>男ごころ</strong><br />○<strong>画家と修道女</strong><br />○テディ<br /><br />(3)「九つの物語　大工たちよ、屋根の梁を高く上げよ」<br />　繁尾久、武田勝彦、滝沢寿三・訳　1968/11/30（荒地出版社）<br />　※サリンジャー選集の「４」。滝沢寿三はNINE STORIESを訳していない。<br />　　題は大きく違うが訳者は(２)と同じ。○が繁尾久、●が武田勝彦の翻訳である。。<br /><br />○バナナフィッシュに最良の日<br />●コネチカットのウィグリおじさん<br />○エスキモーと戦う前に<br />●笑っている男<br />○小船にて<br />●エズメのために――愛と汚れ<br />●美しき口もと、ひとみはみどり<br />○ド・ドミエ・スミスの青の時代<br />○テディ<br /><br />(4)「九つの物語」<br />　鈴木武樹・訳　1969/12/20（角川書店）<br /><br />バナナ魚にはもってこいの日<br /><strong>コネチカットのグラグラカカ父さん</strong><br />エスキモーとの戦争の直前に<br />笑い男<br />下のヨットのところで<br />エズメのために――愛と背徳をこめて<br />美しき口に、緑なりわが目は<br />ド・ドミエ＝スミスの青の時代<br />テディ<br /><br />(5)「ナイン・ストーリーズ」<br />　野崎孝・訳　1974/12/20（新潮社）<br /><br />バナナフィッシュにうってつけの日<br />コネティカットのひょこひょこおじさん<br />対エスキモー戦争の前夜<br />笑い男<br /><strong>小船のほとりで</strong><br />エズミに捧ぐ――愛と<strong>汚辱</strong>のうちに<br /><strong>愛らしき口もと目は緑</strong><br />ド・ドーミエ＝スミスの青の時代<br />テディ<br /><br />(6)「九つの物語」<br />　中川敏・訳　2007/6/30（集英社）<br /><br />バナナフィッシュに最適の日<br />コネチカットのよろめきおじさん<br />対エスキモー戦まぢか<br />笑い男<br />小舟のところで<br />エズミのために――愛と惨めさをこめて<br />愛らしき口もと目はみどり<br />ド・ドーミエ＝スミスの青の時代<br />テディー<br /><br />(7)「monkey business vol.3 ナイン・ストーリーズ」<br />　柴田元幸・訳　2008/10/20（ヴィレッジブックス）<br /><br />バナナフィッシュ日和<br />コネチカットのアンクル・ウィギリー<br />エスキモーとの戦争前夜<br />笑い男<br />ディンギーで<br />エズメに――愛と悲惨をこめて<br />可憐なる口もと　緑なる君が瞳<br />ド・ドーミエ・スミスの青の時代<br />テディ<br /><br />(8)「ナイン・ストーリーズ」<br />　柴田元幸・訳　2009/3/21（ヴィレッジブックス）<br />　※(７)の誤訳などを修正して発行された単行本<br /><br />バナナフィッシュ日和<br />コネチカットのアンクル・ウィギリー<br />エスキモーとの戦争前夜<br />笑い男<br />ディンギーで<br />エズメに――愛と悲惨をこめて<br />可憐なる口もと　緑なる君が瞳<br />ド・ドーミエ・スミスの青の時代<br />テディ<br /><br />疲れた。。。<br />さて、どうだろうか。誰の翻訳が気に入っただろうか。<br />個人的には(２)を、特に武田さんの訳を推したい。<br />Uncle Wiggily in Conneticutを「女ごころ」、The Laughing Manを「奇面の男」、Pretty Mouth and Green My Eyesを「男ごころ」と訳す力技には恐れ入る。というか笑った。そしてさりげなく繁尾さんもDe Daumire=Smith's Blue Periodを「画家と修道女」と訳していたりする。このふたり、ノリノリである。<br /><br />(４)のコネチカットのグラグラカカ父さんも見逃せませんね。<br />無理無理とはいえちゃんと訳せている。Uncle Wiggily in Conneticutの訳ではいちばん好きかも。<br /><br />総合でいったらやはり(５)、というか野崎さんでしょう。<br />私は英語はからっきしなんですが、日本語としての安定感はズバ抜けていると思う。<br />特に「小船のほとりで」と「愛らしき口もと目は緑」。惜しくらむはエズ<strong>ミ</strong>か。エズ<strong>メ</strong>であって欲しかった。<br />割と一般的な読者、私の友人なんかは「偉大なるギャツビー」も含めてこき下ろしていたけど、一度ほかの翻訳を経由すると凄みが分かる(気がする)。タイトルだけでは何とも言えないけど。<br /><br />訳のぶれ、試行錯誤というか変化も面白い。<br />ばななうお、バナナフィッシュ、バナナ魚。<br />これはバナナフィッシュが勝利を収めたように思える。でも、ばななうお…いや、バナナ魚だって…（迷<br />エズメはどうだろう。<br />悲惨、背徳、汚辱、惨めさ。<br />これは何とも言えない。個人的にはエズメの性格的に汚辱がいいと思うけど、好き好きかな。<br /><br />さて、こうして並べてみたけど本には改版やら文庫落ちがあるので、ここに記した年代はあまりあてにならないことを注意しておこう。実際、いくつか目にしたものもあるので。<span style="color:#0000FF"><a href="http://www.villagebooks.co.jp/villagestyle/monkey/work/index.html" target="_blank" title="ここ">ここ</a></span>に持ってない訳もちょろりと載っててすごい悔しい。<br /><br />The Catcher In The Ryeについても考えていくと思わないので省略しよう。<br />「危険な年齢」「ライ麦畑でつかまえて」「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の三つあるけど、さて、どれがいいものか……そもそも無難な訳なんて、と思いがちな今日この頃。古典は翻訳によって進化を続けているのである。（オチましたかね？） ]]>
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<dc:subject>J.D.サリンジャー</dc:subject>
<dc:date>2009-08-08T22:00:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>木行ハジメ</dc:creator>
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